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いりや画廊 開廊10周年特別展♯1 

木戸 修  - SPIRAL - 

2022年4月25日(月)〜5月25日(水)

​11時30分〜19時30分[日曜休廊]

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木戸修の彫刻 − 空間と時間のあわい

鈴木 杜幾子

旅客機以外で空を飛んだ経験はないが、佐久平にある木戸氏のアトリエに伺うたびに、グライダーで小旅行をしたような気持ちになる。大きく三段に分かれている広大な敷地に、ポンペイアン・レッドの壁を持つアトリエが建ち、背丈の二倍はあろうかというものから両腕に抱けるようなものまで、螺旋形のさまざまなヴァリエーションであるステンレスの彫刻が、心地よい間隔を保って置かれている。刻々と変化する空、拡がる畑地と林、かすむ山々は、無造作と緻密な美意識が作り上げているこの小世界の背景として存在するようだ。
氏の作品の複製写真にいたずら描きをしたことがある。<スパイラル・リング #5>(1994)の正面からの写真である。台座からステンレスの曲線に沿ってペンを走らせてみた。ペンとともに上昇し下降する視線は、映り込んでいる空や雲や木々によって攪乱され、彫刻の各部分はお互いを知らないと言いたげに、台座に接する最下部を除いては触れあうことはない。だが、ペンを持つ指先が納得するにつれて全体が一つの流れに見え始め、優しい旋律を奏で始める。
写真ではなく実物では、その柔らかな動きも実体化する。一見硬質な金属と思える作品が、周囲の小さな振動によって微かに揺れ、空や樹木や見ている人の姿の反映とあいまって、変幻自在極まりない一つの現象となる。<SPIRAL.UD>、<SPIRAL.DRA>、<SPIRAL.S-BARA>・・・
螺旋は木戸氏が半生をかけて展開している彫刻的命題だ。出発点となる三角形や四角形をそのまま上に伸ばせば三角柱や四角柱になるのは私にもわかるが、想定された面や空間にそれを合わせつつ、ねじれを加えて(つまり螺旋を描きながら)完成形にしてゆくのには、当然難しい計算が必要になる。氏が作る紙のマケットに書き込まれた目盛や数値が、その整然たる過程を示している。
だがアトリエの中にある氏自身が製作した電動や手動の機械には、厚さ2.5ミリのステンレス板を何ヶ月もかけてかたちにする氏の両手のぬくもりが感じられる。切断する、ねじる、溶接する、研磨する手の延長の道具たち。
たいていは「スパイラル・・」で始まる作品のタイトルも、時にユーモラスで温かい。手首を突っ込んで向こう側の人と握手できそうな穴の空いた作品は、<Spiral Holes>ではなくて<Spiral Ana>と呼ばれる。氏の命名は揺らぎや映り込む外界と協働して、作品を金属彫刻にありがちなモダニズムの一回性から解き放つ。作品は人と同じ空間と時間に生き、呼吸する存在に変貌する。
美術史家というものは、実際の制作に関しては素人と変わらない。そのことは必ずしも悪いことではないというのが私の持論でもあるが、今回実に驚いたことがある。彫刻というものは空間の一部を占めている。そして地面に置かれた塊である立方体やピラミッドででもない限り、必ず空間を内包もしている。木戸氏の彫刻の美しさが、交わることのない部分のあいだの空間によるものであることには気づいていたが、今回伺った説明によれば、氏はステンレス部分のかたちではなく、あいだの空間から発想するのだという。三角形の断面をもつステンレスの彫刻体が形づくる空間は六角形をしているが、最初に制作するのは三角ではなく六角形のチューブとのこと。完成作では文字通り空となるチューブを作るための原型(金属の輪に断面の形の板を通したもの)を見せて下さった。作品に内包される眼に見えない六角形をなぞろうとする氏の指の動きと言葉は、美しい謎のように心に残った。
木戸氏の作品が建築の前に設置されている情景写真を見ていただきたい。むろん現地に赴くことができればなおよい。巨大な建築に相対的に小さな彫刻が拮抗していることが感じられるであろう。彫刻に結実している自然に介入する木戸氏の意志が、人のスケールの何層倍もの近代建築と並び立っている。

 

2013年4月、いりや画廊は彫刻家木戸修氏の展覧会からスタートし、今年4月に開廊10周年を迎えます。これまで暖かく弊画廊を見守り、またご協力を賜りました大勢の方々に心よりお礼を申し上げます。この記念すべき年を迎えるにあたり、また次の10年に向けて新たな思いを込め、いりや画廊 開廊10周年特別展♯1を開催致します。

株式会社ビーファクトリー・いりや画廊 代表取締役 中村茂幸

木戸 修 Osamu Kido

1950年、石川県輪島市に生まれる。1986年より東京藝術大学彫刻科で教鞭をとり、学生の指導育成、数々の研究プロジェクトの企画運営に携わる。主にステンレスを中心とした金属彫刻の可能性を追求し、制作を続けている。これまで螺旋をテーマとした多くの作品を制作しヘンリー・ムーア大賞展をはじめ数々の芸術賞を受賞。全国の公共施設、美術館などに作品が設置収蔵されている。国内外で展覧会などでの作品発表に加え、講演会などを通して芸術文化の振興に勤めている。現在、臨床美術学会理事長、環境芸術学会顧問。

1976年 東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻を修了

1986年 東京藝術大学美術学部彫刻科専任講師となる


1992年 文部省在外研究員としてイタリアに滞在


1994年 東京藝術大学美術学部助教授となる


2005年 東京藝術大学美術学部教授となる(2018年3月退任)